ヒロナリさんのモケーな日々

ミリタリー系のプラモ、フィギュア、ディオラマの製作過程を紹介します。写真をクリックすると大きな画像が見られます。

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不定期連載 ノスタルジックプラモデル 65

Category: ノスタルジックプラモデル  
タミヤ 1/35 イギリスSASジープ

とても楽しいプラモデルでしたっ!!
基本的にプラモデルを作っているときは楽しいものですが、
このSASジープは、本っ当にっ楽しかった!

SASジープ

もともとヒロナリ君はジープが大好きだったので、1974年これが発売されたときはすかさず買いました。
でも、正直SASって何だか知りませんでした。
箱に大きくスペシャルエアサービスと書かれていますが、当時中1のヒロナリ君には読めませんでした。
辞書を引け、辞書を!

まあ、読めなくても問題ありません。
発売前にタミヤニュースの新製品紹介のコーナーで、詳しく解説されていましたから。
スペシャルエアサービスは、特殊空挺部隊と訳されています。
要はイギリス陸軍の特殊部隊で、MBジープやシボレートラックなど2~3台でチームを組み、
ドイツ軍の飛行場や補給路にゲリラ攻撃を仕掛けるのが任務でした。
あのテレビドラマ「ラットパトロール」のモデルになった部隊です。

キットはそれ以前に発売されていたMBジープを基にしていますが、細部が多少違います。
実車では太陽の反射光で敵に発見されるのを防ぐため、ウインドシールドは取り外されていたので、
キットでもオミットしてあります。
それから、通風を良くするためにフロントグリルのステーを2本残して切断してあり、
また、オーバーヒートした時、沸騰した水蒸気を逃がさないための筒状の復水器が取り付けてありますが、
これらもちゃんと再現してあります。
また、MBジープではエンジンフードは開閉式でしたが、SASジープはエンジンフード上に
大量のジェリカンを積んでいるため、エンジンフードは固定されてエンジンパーツ自体もオミットされています。
その代り、付属の装備品がてんこ盛り。
これを取り付けるのが楽しかったんだなあ。

エンジンフード上だけでなく、後部のカーゴスペースにも山のようにジェリカンを積んで、
それを固定するための枠は、付属の0.3ミリのプラバンを細長くカットして自作するようになっていました。
このちょっとしたディテールアップ工作が、なんだかマニアックで楽しかったのでした。
他にも弾薬箱、擬装用ネット、毛布、雑納、スコップ、水筒、サンコンパス、砂からの脱出用のサンドチャンネル、
さらにはスペアタイヤが2本と、載せきれないほどの装備品が付いてきます。
これらは決まった置き場所はないので、説明書のイラストを参考に、自分がSAS隊員になったつもりで
狭いジープの車内に配置していくのです。
これがワクワクして楽しいったらありゃしない。

それから武装が凄い。
おなじみのM2ブローニング重機関銃、丸い弾倉を装着した航空機用のビッカース連装機銃、
ブレン軽機にトンプソン、おまけにドイツ軍から分捕ったシュマイザーまでついてます。
これらをどこに配置するかも楽しい悩みどころです。

そして、付属の人形がカッコいい!
半ズボンにゴツイ手袋、アラブ人がかぶる白い布を頭にかぶりモジャモジャのあごひげ。
とても軍人には見えない、冒険家か盗賊のようなワイルドでアウトローっぽい雰囲気の人形たちでした。
ちなみに頭にかぶる布は「クーフィーヤ」といって、箱には「ターバン」と書かれていますが、
明らかな間違いですね。
とは言え、「クーフィーヤ」といっても誰もわからないでしょうから、
あえて「ターバン」と表記したのかもしれませんね。

唯一残念だったのが、ヘッドライトのガラスがクリアパーツではなかったことです。
ウインドシールドがオミットされていたので、同じクリアランナー枠のヘッドライトも一緒に
オミットされたのでしょう。

軍用車両模型というものは、もともと独特の魅力がありますが、
そこに人形や様々な装備品を追加することによって模型としての見せ場が増え、
過酷な環境や困難な任務にまでイメージが膨らみ、その魅力が倍加します。
別売りのパーツや自作なんかしなくても、箱に入っているパーツだけで十二分に楽しめるので、
当時350円の定価はとても安く感じられました。
今までに作ったタミヤのMMシリーズの中で、
このキットが一番ワクワク度が高かったんじゃないかと思います。

まだ作ったことが無い方は、一度作ってみてください。
なんせ45年も前のキットですから、現在のレベルで見るとどうしたって見劣りする部分がありますが、
ここはあえてディテールアップなんかしないで、ストレート組みするのが正解でしょう。
CADなんか無かった時代のタミヤスタッフの情熱と、当時このキットを作った
MMファンの感動が味わえます。
いやあ、プラモデルって本当にいいもんですね。



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不定期連載ノスタルジックプラモデル 64

Category: ノスタルジックプラモデル  
タミヤ 1/35 ケッテンクラート

久しぶりのノスタルジックプラモデルであります。

ケッテンクラート。
この妙ちくりんな車両、AFVモデラーなら誰でも知っていますが、
一般の人はどれだけ知っているでしょう?

ケッテンクラート


第2次大戦中、ドイツは大小さまざまなハーフトラックを作りましたが、
こいつが最小サイズのハーフトラックです。

1973年、当時中学1年生のヒロナリ君は、すでにこの車両のことを知っていました。
いや、知っているというより、一度だけ見たことがありました。
それは、小学生の時読んだ望月三起也のマンガ、「最前線」のトビラ絵ででした。
主人公ミッキー熊本軍曹の後ろに小さく描かれていたヘンな車両、
ありゃ、いったい何だ?
オートバイのようなハンドルがついてるのに、後部はキャタピラ、こんなの戦争映画や
コンバットでも見たことないぞ。
登場したのはトビラ絵だけで本編には出てこなかったので、詳しいことは何もわかりませんでしたが、
その風変わりで魅力的なスタイルは、ヒロナリ君の脳裏にインプットされたのでした。

そして中1の夏、あのへんてこな奴がタミヤの新製品として発売されたのです。
へえー、あいつはケッテンクラートっていうんだ。
こりゃあ買わずばなるまい。
なんだか有名になった芸能人をデビュー前から知っていたような、ちょっと得意げな気分で
河村模型店に向かったのでありました。

箱絵のイラストはBMWサイドカーの箱絵とよく似た構図です。
進行方向こそ逆ですが、ほぼ真横から車両を描き、傍らを二人の歩兵が歩いています。
ただ、ヒロナリ君お気に入りの大西将美さんの筆でないのが少々残念でした。

このキットは、それまでのMMシリーズには無い新しい試みがされていました。
それはエンジンがダイキャストで出来ていたということです。
小さな模型にも重量感を出そうという試みですが、1/35のエンジンパーツは小さなものなので、
たいした重さにならず、正直あまり目的を果たしているようには思えませんでした
そのせいか、コストの問題からか、しばらくしてエンジンはプラパーツに置き換えられました。

また、サイズが小さすぎるので、従来のポリ製のキャタピラではなく、プラの一体成型でした。
この方がキャタピラのたるみが自然で良かったのですが、パーティングラインを落とすのに難儀しました。

組み上がったモデルはとても小さく、でもそのユニークな構造がとてもメカニカルで
かわいらしくもカッコよかったです。
オートバイのフロントフォーク、ドイツ軍伝統の複合転輪、後ろ向きに座るリアシート、
いかにも機械好きのドイツ人が作りそうな面白いカタチをしています。
これに似た車両は、古今東西どこの国にもありません。
唯一無二です。
ヒロナリ君はもともとスタンダードなものよりちょっと変わったものが好みだったので、
すっかりケッテンクラートのファンになってしまいました。

このキットにはドライバーのほか歩兵が2体付属していました。
足元がブーツではなくてレギンスを巻いていて、へえ、こんな装備もあったんだと
新しい発見でした。
そういえば、よく見ると襟元も詰襟ではなく開襟シャツみたいな形をしています。
軍服や装備品も戦争の進行に従って少しずつ変わっていくものだと、タミヤの模型によって
ヒロナリ君は知ったのでした。

ひとつ残念だったのが、兵士が被っている規格帽です。
キューベルワーゲンに付属している人形の山岳帽がすごくカッコよかったので、
あんなのを期待したのですが、こっちの規格帽は後ろがつぶれてなんだかくたびれた感じで、
ちょっとがっかりでした。

その後、高校時代に観た映画「遠すぎた橋」にケッテンクラートが登場しました。
林の中で連合軍の猛砲撃に耐えているドイツ軍部隊のシーンの中に、チラリと映りました。
残念ながら動いてはいず、登場した時間もほんの数秒でしたが、
スクリーンの中に見つけた時は、
「あっ!ケッテンクラート!!」
と、うれしくなりました。

動いているケッテンクラートといえば、映画「プライベートライアン」です。
敵の戦車を引き付けるオトリになるため、片側のキャタピラを浮かせて
コーナーを曲がっていく姿に思わず
「すげえ。」
と、つぶやいたものです。

20代の頃、エッシー1/9のケッテンクラートも作ったのですが、
それはまたいつかご紹介します。


テーマ : 趣味と日記    ジャンル : 趣味・実用

不定期連載ノスタルジックプラモデル 63

Category: ノスタルジックプラモデル  
タミヤ 1/35 ロシア歩兵セット

ロシア歩兵と聞いて最初に思い出されるのは、1959年のソ連映画「誓いの休暇」です。
あなた、知ってます?
泣けますよお、この映画。

ヒロナリ君が「誓いの休暇」を観たのは小学5年生か、6年生の頃、日曜洋画劇場ででした。
解説の淀川長治さんが
「ハイ、皆さん、今夜はテレビの前で思い切り泣いてくださいね。」
と言っていました。(ような気がする。)

純朴で心優しい少年兵アリョーシャは、戦場で思いがけず手柄をたて、6日間の休暇をもらう。
母親に会うため列車を乗り継ぎ故郷へ向かう途中、アリョーシャはさまざまな人に出会い、
彼らのために寄り道して貴重な時間を使う。
時に心温まる経験もすれば、人生の苦い結末に立ち会うことにもなる。
そして、列車の中で知り合った少女との淡い淡い恋。
故郷へ続く鉄橋がドイツ軍の爆撃で破壊されるが、アリョーシャは一人いかだで河を渡る。
残された時間はわずか。
一目でも母に会いたい。

ああ、書いていて涙ぐみそうです。
機会があったら観てください。
85年頃、NHK教育テレビで放映されたので録画したのですが、あのテープ
もうどこへ行ったか分かりません。

最初から脱線してしまいました。
タミヤのロシア歩兵セットが発売されたのは1973年、ヒロナリ君中学1年生の5月のことでした。

ロシア歩兵セット

しかしながら、正直言ってこのキット、あまり印象に残っていません。
ヒロナリ君はソ連軍にあまり興味を持ってなかったんですね。
それまでに観た映画なんかの影響で、ドイツ軍はクールでスタイリッシュ、
アメリカ軍はタフで陽気といったイメージがあり、それに対してソ連軍は
真面目だけどイモくさいというイメージで、あまり魅力を感じませんでした。

軍服も持っている銃も、ドイツ軍やアメリカ軍のようにカッコよくありません。
まあ、それを言うならイギリス軍も似たり寄ったりで、
ヒロナリ君の目には全然カッコよく映りませんでした。

でも、そんなソ連軍の装備品の中で唯一カッコいいと思ったのはヘルメットでした。
アメリカ軍のM1ヘルメットに似てますが、側面の耳のあたりが大きく下に湾曲していて、
そのラインが美しく、なんだか未来的なフォルムに見えたのでした。
しかしながら残念なことに、ロシア歩兵セットに入っていたヘルメットのパーツは、
ひさしがあまり出てなくて、実物のフォルムを今一つ再現しきれていませんでした。
なので、やっぱりこのキットには愛着がわきませんでした。

この年、第1回のタミヤ人形改造コンテストが行われました。
これはタミヤが年に1回行うコンテストで、レギュレーションはいたってシンプル。
1/35の兵隊人形を改造したものなら何でもOK、ちょっとしたポーズの変更でもいいし、
有名人のそっくりさんや、テレビやマンガのキャラクターもOKといったもので、
今年でなんと43回を数える模型界では超メジャーなコンテストです。

ヒロナリ君はすでに人形の改造にも手を出していたので、翌年、第2回のコンテストに
このロシア歩兵セットを使って応募しました。
伏せ撃ちのポーズの人形をドイツ兵に改造したのです。

改造といっても大したことはしていません。
基本のポーズは全く変えていません。
ドイツ軍の軍服とソ連軍の軍服は襟やポケットの形が違いますが、
伏せ撃ちの姿勢なので見えるのは背中だけ。
なので、ヘルメットをドイツ軍のものに換えて、腰周りにドイツ軍の雑納と水筒、
ガスマスクケースを取り付ければ、ほぼドイツ兵に見えます。
持たせるライフルにプラバンと伸ばしランナーで作ったスコープを取り付け、狙撃銃にしました。
タイトルは「狙撃兵」。
何のひねりもないですね。(笑)

これをタミヤに郵送するのですが、作品が壊れないようにプラバンで箱を作ろうとタミヤニュースに
書いてあったので、いそいそと箱を作って郵送しました。
結果発表をドキドキしながら待っていましたが、あえなく落選しました。(笑)
田舎の中学1年生のやることですから、まあ当然といえば当然です。

しばらくして作品がタミヤから返送されてきましたが、プラバンで作った箱はバラバラに壊れ、
作品そのものも少し壊れていました。
今から思えば、作品を梱包材でくるみ、丈夫な段ボール箱にでも入れて送ればよかったのですが、
当時はそんなこと思いつきもしませんでした。

バラバラになった箱と少し壊れた人形は、自分の実力と世の中の厳しさを
ヒロナリ君に教えてくれました。
ちょっとほろ苦い思い出です。



不定期連載ノスタルジックプラモデル 62

Category: ノスタルジックプラモデル   Tagged: タミヤ  ハノマーク兵員輸送車  
タミヤ 1/35 ドイツハノマーク兵員輸送車

ながらくブログを放置していたせいで、子供の頃のプラモデルの思い出話を語る
このノスタルジックプラモデルも2年以上書いていませんでした。
久しぶりに思い出話にお付き合いください。

1973年4月、ヒロナリ君も小学校を卒業し、晴れて池田中学校の1年生になりました。
当時の校則では男子は五分刈りの丸坊主で、ちょっと嫌でしたけどみんながそうなので仕方ありません。
都会の中学生がうらやましかったのですが、慣れればどうってことありません。
頭を洗ってもすぐ乾くので、かえって楽でよかったです。

入学してすぐの頃、タミヤハノマーク兵員輸送車を発売しました。
だいぶ以前からタミヤニュースで告知されていたので、発売を今か今かと待ち望んでいました。
ハノマークといえば4年生の頃にニットーのキットを作りましたが、
あのタミヤが出すと知り期待に胸が膨らみました。

images.jpg

タミヤキットの箱絵はどれも素晴らしいのですが、このキットはやや「?」となってしまいました。
迫力はあるのですが、ヒロナリ君が好きな大西将美氏の筆でないことは一目で見てとれました。
違和感を感じた一番の要因は、兵士が持っている武器が寸詰まりなんですね。
特にMP40とKar98Kがとても不恰好です。
全体のタッチも大西氏の作品のように思わず見とれるような魅力がありません。
申し訳ありませんが、この箱絵はちょっと残念だったと言わざるを得ませんでした。

しかしながら、キットの内容は素晴らしいものでした。
ジャーマングレイで成形されたパーツは繊細で、運転席や兵員用のシート、複合転輪など
細かく再現され、キャタピラが定番の焼き止めじゃなく、穴に突起をひっかける方式だったのが新鮮でした。

また、付属の5体の人形が素晴らしい!
どれも躍動感にあふれたポーズで、前線に到着したハノマークから飛び降り、
素早く展開するドイツ軍兵士達をとてもカッコよく再現してありました。
そしてビックリしたのが、人形が白で成形してあったことです。
それまでのタミヤの人形は、アメリカ兵はオリーブドラブ、ドイツ兵はフィールドグレイと、
軍服の色で成形してあったので、ヒロナリ君は肌色やブーツの色を塗るだけで、
軍服の塗装は省略していました。
そのため、このキットで初めて軍服も含め人形をすべて塗りました。

ところで、同じハノマークでも以前作ったニットーのキットとは細部の形が少し違うことに
ヒロナリ君は気がつきました。
ニットーのキットはキャタピラ部分のフェンダーが水平だったのに対し、
タミヤのは前方に向かって傾斜し、車体側面の工具箱の位置も後方に移動しています。
またニットーのは前面装甲板が折れ曲がって、棒状のバンパーがありますが、
タミヤの装甲板はまっすぐでバンパーはありません。
そのほか、ニットーのはボンネットサイドに開閉式の点検ハッチがありますが、
タミヤのは全体に大きな装甲板でおおわれています。
これはニットーはB型で、タミヤはC型をキット化したからなのですが、
当時のヒロナリ君はそんなことはわかりません。
ただ同じ車両でも少しずつ違う別タイプが存在するんだろうなと、何となく理解していました。
でも、そんなマニアックな事に目がいくとは、ヒロナリ君恐るべし!

ただ、このキットの足回りは実車と違って、模型的なアレンジがされていました。
これも当時はわからなかったのですが、トーションバーが省略されていて、
代わりに車体に組み込まれた回転式の車軸に転輪を接着するというものでした。
これが曲者でした。
説明書に車軸をスムーズに回転させるために、サラダ油を塗ってくださいと指示がありました。
サラダ油?
今なら、「何ソレ?」と思うでしょうが、タミヤ教の信者だったヒロナリ君は
何の疑問も抱かず台所からサラダ油を拝借してきました。
確かに滑りは良くなったように感じましたが、ベトベトして余分なところまでサラダ油がついてしまうし、
完成後、時間の経過とともにサラダ油は粘度を増し、車軸はよけいに回らなくなってしまいました。
タミヤさん、あの指示はダメですぜ。

完成させた半年後、タミヤニュース11月号の海外誌のページに「ミリタリーモデリング誌」の
ハノマークのキットレビューが載りました。
記事の中でウェザリングについてこう書いてありました。

「ただドロをはねるだけじゃつまらない。想像力をフルに使って考えると、ドロの下には、
 サビとか汚れ、アクスルのグリースがある。
 この色は思うにコッパー30%とメタリックグレイ70%が最も近い。
 裏側にはムラなく塗っておき、側面とフェンダーは上方へ行くにつれて徐々にかすらせていく。」

これまた今なら「何ソレ?!」ですね。
なるほど、色的にはわからないでもありませんが、実際にそんな金属色塗ってリアルになるかというと、
なるわきゃありません。
しかし、ヒロナリ君は何のためらいもなく実行しました。
結果はご想像通り。
「へー、本物はこんな色なのかあ。でもなんかちょっと違うような気がするんだけど・・・・・・・・
 でも、外国の専門家の人が言ってるんだしなあ・・・・・・・」
まるで学校の先生があからさまに間違ったことを言ってるのに、遠慮してそれを指摘できないような
もやもやした気分がずーっと続きましたとさ。


不定期連載ノスタルジックプラモデル 61

Category: ノスタルジックプラモデル  
岐阜放送ラジオ ヤングスタジオ1430

今日はふと思い立って、プラモデルとは全然関係ない昔話
(それも岐阜県民限定)をさせていただきます。(笑)
他県の方にはわかんないでしょう、すんません。

ヒロナリ君、小学6年生の秋、40年前のちょうど今頃の季節です。
父親に自分用のラジオを買ってもらいました。
別にねだったわけでもないのに、ある日何の脈絡もなくラジオを買ってくれたのでした。
縦10センチ横20センチくらいの極めてシンプルなラジオで、
ベルト付きの黒い革ケースに包まれていて、右側にチューニング用の丸いダイヤルがついていました。
たしか、ミツビシ製だったと思います。

早速スイッチを入れると、雑音がザーザー入ってきて、ダイヤルをゆっくり回すと
所々でアナウンサーの声や音楽がキャッチできました。
せっかく放送局をキャッチできても、かすかに別の放送局の音が混信してきたり、
中国語や韓国語らしき外国語が聞こえたりもしました。
へえ、外国にも放送局があって今この瞬間放送していて、聞いてる人がいるんだなと
当たり前のことに妙に感心しました。

その頃、この地域ではどんな放送局があるかなんて何も知らず、
適当に選局して興味をひかれた局を聴いてみました。
たまたまその日は月曜で、夜10時を回っていました。
なんだか騒がしい声で、エッチな下ネタをしゃべっている声が耳に止まりました。
それが岐阜放送(現ぎふチャン)の通称ヤンスタ、
ヤングスタジオ1430(イチヨンサンマル)でした。
しゃべっていたのは、つボイノリオ、
わ、びっくりした!
今「つぼいのりお」と入力して変換キーを押したら、なんのためらいもなく
「つボイノリオ」と変換されました!
現在では中京地区のラジオ界で大御所として有名なパーソナリティつボイノリオさんは、
当時「坪井のりお」の名で活動されてましたが、「つボイノリオ」と改名し、その後東京に進出され、
オールナイトニッポンやおはよう子供ショー、プリンプリン物語などにも出演されたので、
全国的にもそれなりに知名度はあると思います。
しかし、まさかパソコンの変換キーに認識されているとは思ってもみませんでした。
すごいぞ、つボイさん!

ヤングスタジオ1430は、月曜から土曜まで夜10~11時50分までの若者向け番組で、
曜日ごとに担当DJが変わりました。
かっちゃんとかビバとか他にもDJはいましたが、やはり月曜の坪井さんが一番面白かったです。
その日から毎週月曜は必ずラジオのスイッチを入れるようになりました。
ちなみに1430は岐阜放送の周波数で、78年に周波数が1431kHzに変わってからは、
番組タイトルもヤングスタジオ1431となりました。

この番組との出会いはちょっとした革命でした。
テレビしか知らなかった小学生が、ラジオの深夜放送という(10時では深夜とはいえませんが)
高校生や大学生のお兄さんたちのちょっとオトナの世界を知ったのです。
クラスメイト達より少し大人になったような気がしました。

テレビは情報を一方的に受け取るだけですが、ラジオは双方向です。
リスナーもハガキによって番組に参加し、DJとの対話を楽しみ、
同世代の若者の体験や考えを共有するというテレビには無い一体感がありました。
今を生きてるって感じです。
その頃の言葉でいえば、ナウでした。

で、坪井のりおのヤンスタはとにかく笑えました。
テレビでは放送できないようなきわどい下ネタが多く、トークが絶妙なので、
1時間50分笑いっぱなしでした。
もっとも、小学生は11時過ぎると眠気に勝てず、
番組を最後まで聞いたことはあまりありませんでしたが。

途中、「ハイディ矢野のイングリシュフォーヤング」などのコーナーをはさみながら、
坪井さんはフォークソングばかりかけながら、しゃべりまくります。
このフォークソングとの出会いも新鮮でした。
この年、よしだたくろうの「結婚しようよ」がヒットし、ヒロナリ君も背伸びして、
自分のお小遣いでシングル「旅の宿」を買ったりしてました。
坪井さんは番組内ではフォークしかかけないと宣言していて、
岡林信康や斉藤哲夫、江口晶、山名敏晴、金沢栄東、八事裏山フォークソングオーケストラ
などといった、聞いたこともないような人の曲ばかりかけていて、
自分が気に入った曲は、リクエストがなくても3週でも4週でも続けてかけるといった、
自分の趣味を前面に押し出した番組作りをしてました。
テレビの歌謡曲とは違う、マイナーだけどメッセージ性の強い歌の世界に触れて、
自分がちょっと大人びたような気になりました。
もっとも数年後、方針転換して歌謡曲もかけるようになりましたが、
リスナーの間では賛否両論でした。

ヤンスタ月曜日の名物コーナーと言えば、なんといっても
連続ラジオ紙芝居「嗚呼、さなえちゃん」でしょう。
紙芝居といってもラジオなのでビジュアルはありませんが、
ヤンスタ学園に通う美少女さなえちゃんの波乱万丈のストーリーを、
坪井さんは紙芝居屋さんのように太鼓をたたきながら物語ります。

貧しい家庭に生まれながらも心優しく美しい少女さなえは、みんなの人気者。
それを妬む美人だけど根性ワルのクラスメイト奥山敬子は、さなえに数々の意地悪を仕掛ける。
しかし、さなえは持ち前の明るさと、クラスのプリンス立花徹君の支えではね返していくという
当時の少女マンガにありがちなお話のパロディでした。

このお話の面白さは、登場人物のキャラです。
はっきり言って主人公さなえより脇役のキャラが立っていて、主人公がかすんでしまうくらいでした。
途中から登場するみなしごバッチという少年は、身なりがばっちいからつけられた名前です。
(現在ではみなしごという言葉自体がNGでしょうか?)
怪しい占い師の名前は、雲谷斎(うんこくさい)。
もしかしたら雲黒斎かもしれません。
なにしろラジオなので、漢字はヒロナリ君の想像です。

ただし、奥山敬子はこの字で間違いありません。
以前坪井さんが所属していたバンド「欲求不満フォークソングボーイズ」のリーダー
奥山敬造さんの名前を拝借したからだそうです。
「欲求不満フォークソングボーイズ」といえば、「女の娘が欲しい」という
身もふたもないタイトルの曲がありました。
You Tubeにアップされているので、よければ聴いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=MuH62X7XJ_E
で、この奥山敬子のキャラが強烈!
初めは美人で頭がよくお金持ちだけど根性ワルという設定でしたが、
お話が進むにつれだんだんキャラが変わっていき、根性ワルという要素だけが残って、
デブでブスで、所構わず痰を吐き散らす下品な奴に変わってしまいました。(笑)

奥山敬子のテーマという歌もありました。
当時はやったエメロンシャンプーのCMソングの替え歌で、こんな歌詞でした。

♪泣いているのか 笑っているのか
  怒っているのか 喜んでいるのか
  生きているのか 死んでいるのか
  気持ち悪いな 奥山敬子

もう一つの名物企画は、小噺コーナーです。
リスナーから寄せられる小噺を紹介するのですが、
どいつもこいつも下ネタばかりです。(笑)
その中でも最強の人気を誇ったのが、金太君シリーズでした。
「金太、負けるな。」→「金玉、蹴るな。」
「金太、守って。」→「金玉、持って。」
などという下品な言葉遊びをオチにした小噺が毎週送られてきて、
たいへん盛り上がっておりました。
その後、坪井さんはこれらのネタを無理やり一つのストーリーにした歌を作り、
レコードを発売しました。
不朽の名曲「金太の大冒険」であります。
この曲は発売後わずか20日で放送禁止に指定されてしまいましたが(笑)、
当時の岐阜の中高生の間には深く浸透し、たいてい誰でも知っていました。
現在では放送禁止という制度が無くなったそうで、
どこかで耳にされた方もいらっしゃるかもしれません。
「金太の大冒険」もYou Tubeにアップされているので、聴いたことの無い方はぜひお聴きください。
http://www.youtube.com/watch?v=2xXlS9pQSo8
そのほかにも「吉田松陰物語」「極付け!お万の方」などいろいろ揃っております。
タイトルを見ただけで、内容が想像ついてしまいますね。(笑)

最後にもう一つYou Tubeネタを。
今回この一文を書くにあたってウィキペディアで調べたところ、
ヤンスタのテーマ曲のタイトルが分かりました。
The 5th DimensionのTime and Love という曲です。
現在、毎週火曜22時よりぎふチャンで「復刻版ヤングスタジオ1431」が放送されていて、
当時と同じテーマ曲が流れていますが、You Tubeではフルコーラス聴けるので、
当時のヤンスタリスナーの方、昔を思い出して聴いてみてください。
泣けますよ。
http://www.youtube.com/watch?v=10CUlyset0A

この曲を聴いていると、坪井さんのあの元気な声が聞こえてくるようです。

「ハイ、皆さんこんばんは!岐阜の中学生をスケベにするために
今日も一宮からやって来た坪井のりおでーす!・・・・・・・」


テーマ : 趣味と日記    ジャンル : 趣味・実用

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プロフィール

bravo-1

Author:bravo-1
60年生まれ。小学生の頃からの
戦車模型ファン。
でも完成品は、年に2~3点。
建築模型の事務所を開業しました。
よろしくお願いします。

建築模型オフィスブラボーワン
http://bravo-1.wix.com/home

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