ヒロナリさんのモケーな日々

ミリタリー系のプラモ、フィギュア、ディオラマの製作過程を紹介します。写真をクリックすると大きな画像が見られます。

不定期連載ノスタルジックプラモデル 50

Category: ノスタルジックプラモデル  
タミヤ 1/35 U.S.ジープウィリスMB

おじさんは、古今東西全ての自動車の中で、
ジープが一番カッコいいと思っています。
ちなみに一番好きな拳銃は、コルトガバメント。
一番好きな小説は、アリステア マクリーン作
「女王陛下のユリシーズ号」。
この3つは小学生のときから一貫して変わらず、今でも
なんのためらいも無く即座に、「この3つが最高!」
と断言してしまいます。

その憧れのジープを所有している方が、同じ池田町に
住んでいました。
小学校高学年のある日、父親が、知り合いにジープを
持ってる人がいるので、見に連れてってやると言いました。
えっ?そんな身近に本物のジープがあるの?見たい、見たい!

その方のお宅は、実家から2キロほどしか離れてないところに
ありました。
ガレージのシャッターを開けると、埃をかぶったMBジープが
そこにいました。
第一印象は、「デカイ!」でした。
戦争映画で見るジープは、小回りの効く小さな車という
イメージでしたが、自分が子供だったせいもあって、
実物は想像してたよりずっと大きなものでした。

何でも朝鮮戦争で使われて、どこかに敵の弾が当たった穴がある
とのことです。
おそらく車検切れで、ずっと走らせてないようでした。
それでも、オリ-ブドラブに塗られた頑丈そうなボディは、
軍用車両の持つ独特のオーラを放ち、普段見慣れた
普通の乗用車とは、まったく違う異質な存在感がありました。

三菱が100万円で売ってくれと言ってきたそうですが、
売らなかったとその方はおっしゃってました。
40年位前の100万円は、今の貨幣価値に直すとどれくらいかは
分かりませんが、ヒロナリ君は単純にすごいなあと感心しました。
そして、大人になったら、いつかこのジープを買い取れたらいいなと
思いました。
その方は今でも持ってらっしゃると思いますが、大人になった現在、
実際には、おいそれとは買えそうにありません。(笑)

さて、タミヤのジープが発売されたのは、72年の5月で、
定価は350円。
これなら、ヒロナリ君のおこづかいでも楽勝です。(笑)

このキットもまた、ボックスアートが素晴らしい。
大西将美氏の描くボックスアートはどれも素晴らしいのですが、
ジープももちろんのこと、手前に立っているヒゲ面のMPの
カッコいいことといったら!

キットの内容も、また大変素晴らしいものでした。
キューベルワーゲンやシュビムワーゲンは、足回りは大胆に
省略され、左右のタイヤをシャフトでつなぐだけのシンプルな
構造でしたが、このジープの場合、リーフスプリングや
ショックアブソーバーまで実車どうり完全再現され、
エンジンからタイヤまでどういうふうに動力が伝わるか、
組み立てていくことで理解できます。

もちろんボンネットを開けるとエンジンも再現され、
ウインドシールドは可倒式で、幌もパーツ化され、
幌つき、幌無しを選べました。

その上、カーゴキャリアが付属し、搭載する弾薬箱、ジェリカン、
バズーカ砲、コードリールなど、てんこ盛りの装備品が
付いてきます。
さらに、ドライバーやMPの人形が4体も付いています。
当時、人形4体セットが100円だったので、
ジープは実質250円です。
なんてバカ安!

組み立ててみると、驚くほど小さな車なのに、
おまけがいっぱいなので、パーツはギッシリでした。
でも、組み立てにくいところは無く、小さなボディに精密なパーツが
組み込まれ、完成するとあのカッコいいジープの
かわいらしいミニチュアが手のひらの上にありました。

すでにディオラマに興味を持っていたヒロナリ君は、
このジープを使ってディオラマを作ってみたいと思いました。
負傷兵と衛生兵を乗せたジープが、野戦病院に入ろうとしている
シーンです。
わら半紙にイメージスケッチまで描いたのですが、結局構想だけで
終わってしまい、ヒロナリ君のディオラマ第1号が完成するのは、
まだしばらく先の話なのでした。


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不定期連載ノスタルジックプラモデル 49          

Category: ノスタルジックプラモデル  
タミヤ 1/35 アメリカ歩兵セット

タミヤニュースの新製品紹介のページに、アメリカ歩兵セットが
登場したのは、ヒロナリ君5年生の冬のことです。
それまでアメリカ兵の人形といえば、タミヤのアメリカ戦車兵と、
ニットーのコンバットセブンしかありませんでした。
都会では輸入物のフィギュアがあったかもしれませんが、
少なくとも岐阜の田舎町ではこの二つしかありませんでした。
そこへ、ついにタミヤがアメリカの歩兵を発売する!
ヒロナリ君は狂喜乱舞しました。

何しろ小1の頃からコンバットの大ファンだったので、
ドイツ軍よりアメリカ軍のほうに肩入れしておりました。
ドイツの軍装のスマートな魅力も分かりますが、実用的で機能美に
あふれた装備を、ラフに着こなすサンダース軍曹の分隊員たちの姿に
すっかりまいっていました。

このキットも、箱絵がかっこいい!
特にトンプソンを構える兵士が実に精悍で魅力的です。

ところが、組み立ててみると、やや「?」という感じは
まぬがれませんでした。
なんだか、箱絵と微妙に違うのです。
というか、箱絵ほどかっこよくないのです。

うーん、何が違うんだろう。
ポーズが硬く、プロポーションもやや不自然なのですが、
小学5年生のヒロナリ君は、そのことを
うまく言葉で言い表せません。
うまく言えないけど、どこか変。
特に大好きなトンプソンを構える兵士が、箱絵のかっこよさが無い。
そのため、待望のアメリカ兵の人形だったのに、
どこか不完全燃焼な気分でした。

とは言え、そのディテールはコンバットセブンなどとは
比べ物にならず、また装備品がいっぱい付いていたのが
うれしかったことを憶えています。
4体のうち、1体は手榴弾を投げ、1体は火炎放射器を
構えているので、銃を構えているのは2体しかいません。
なのに付属している銃器は、6種類7挺!
まさに物量を誇るアメリカ軍ですね。
それに火炎放射器のホースを再現するため、ビニールチューブが
付いていたのが、とても凝っているなあと感心したものです。

塗装は、顔と手とレギンスだけレベルカラーのタンを塗り、
後はキットの地の色をそのまま生かすという、当時のヒロナリ君の
スタンダードな塗り方でした。

そういえば、その頃初めて、人形の目を描き入れるのに
挑戦しました。
セレクトしたのは、アメリカ戦車兵の、座りポーズの人形です。
まず、白目を入れるのですが、使っている筆が
穂先がボサボサの30円の安物で、塗料の濃度を調節することも
知らなかったので、ポトリと落ちた白い塗料は、実際の白目より
3倍くらいの面積に広がってしまいました。
これは失敗だと思いましたが、肌色で修正することは思いつかず、
そのまま黒目を入れました。
できた顔は、まるで保育園児が描いた顔のようで、(笑)
やらなきゃよかったと後悔したものです。

それでも懲りずに、手持ちのドイツ戦車兵や、
アフリカ軍団歩兵などに次々と目を描き入れていき、しばらくすると
自分でもそれなりに満足できるレベルまで上達していきました。
(もちろん、今見たら笑ってしまうような出来ではありましたが。)


負傷その後

Category: 日記  
人間の体って、すごいなあ

ご心配をおかけしましたが、怪我のほうは順調に回復しております。

抜糸
これは抜糸をする前であります。
縫った跡がまるでフランケンシュタインみたいですね。
抜糸した跡は、傷口だけでなく周りの皮膚まで
カチカチになっています。
3週間ほどギプスをしていたので、関節が固まってしまっています。
そのため、関節を曲げる練習をしなければなりません。

皮膚がカチカチ
その夜風呂に入ると、カチカチだった皮膚がふやけて
めくれてきました。
その後、1週間かけて徐々に皮膚がめくれて落ちていきました。

皮膚がめくれました
これが現在の状態です。
感心するのは、傷口以外の場所まで、皮膚がめくれていくことです。
皮膚が大きく損傷したとき、人間の体は傷口を修復し、
新しい皮膚を作ります。
そのとき、表皮は自動的に活動を停止し、新しい皮膚を
守るためのガードの役を果たすんですね。
そして、新しい皮膚の準備が完了すると、
自然に剥がれ落ちていきます。

いやあ、人間の体って本当にうまくできてるんだなあ。
新しい命を守るため、自ら死を選ぶなんて、なんだか感動的です。

でも、感心してばかりもいられません。
薬指はずっとしびれたままですし、関節が固まってしまったので、
リハビリして動くようにしなくてはなりません。
右手でゆっくり曲げたり伸ばしたりするのですが、
なかなか元のようには動いてはくれません。
まあ、あせらず気長にやっていきます。


テーマ : 趣味と日記    ジャンル : 趣味・実用

初めての手術 3

Category: 日記  
長い夜のトンネルを抜けると、やはり痛かった

今まで生きてきて、こんなに激烈な痛みをこれほど長時間
味わったことはありません。
手術を受けたのは薬指だけなのに、焼けつく痛みは
手首全体に広がり、すべての痛点を沸騰させます。

痛い、痛い、痛い、痛い。
7時になれば痛み止めを飲める。
早く7時になれ、早く7時になれ。

これほど夜が明けるのが待ち遠しかったのは、10代の頃、
夜なかに金縛りになったとき以来です。
切り開かれた薬指から、まばゆく輝く痛みが、手全体に拡散していく
イメージが、頭の中に浮かんでは消えていきます。

時間は這うようにノロノロと進み、それでも気がつくと、いつしか
寝室はぼんやり明るくなっていました。

5時45分、いつものようにスイッチが入り、目覚まし代わりの
ラジオが鳴り始めました。
あと1時間15分!
そしたら、痛み止めが飲める!

ヨメさんが起きてきて、様子を聞きます。
「どう?痛む?」
「痛い、めちゃめちゃ痛い。」
「じゃ、早めに朝ご飯にして、薬飲まな、いかんね。」

痛み止めを飲むのは、6時間は空けるように言われているので、
7時に朝食を摂り、抗生物質と痛み止めをようやく飲みました。

そのままベッドへ戻り、痛み止めが効いてくるのを待ちます。
ところが!
あれ?おかしいな。効かないぞ。
それどころか、さっきより痛くなってきたぞ。
おーい、勘弁してくれよ!

夜の間はヨメさんを起こさないよう、歯を食いしばって
耐えていましたが、今はもう、
「あー、あー。」
と、力ないあえぎ声が漏れていきます。

ヨメさんが、病院に電話を入れてくれました。
「あまり痛むようなら、救急外来へ来てください。
 ただ、今日は土曜日で休みなので、救急外来は少々混んでます。」

どちらにしても、病院の駐車場に置いてきた車を
取りに行かなければならないのですが、外来の待合室の長椅子で、
また長時間待たされるのも、つらいです。
それくらいなら、自宅のベッドで横になってるほうが、
まだマシと判断し、少なくとも昼まで我慢することにしました。

しかし、痛みはいっこうに治まらず、痛み始めてから
丸9時間が経過しました。
一生分に味わう痛みを、この9時間に集中して味わった気分です。
ゲリラ豪雨ならぬ、ゲリラ豪痛。
もう、ダメだ!
これ以上我慢できん!
車を取りに行くこともあったので、妹夫婦に頼んで、
病院へ連れて行ってもらいました。

待たされることを覚悟していましたが、事情を話すと
配慮してくれたのか、5分ほど待っただけで診てもらえました。
なーんだ、こんなことならもっと早く来ればよかった。

その日はたまたま、担当医の八木先生がいらっしゃったので、
痛み止めの注射を打ってもらい、同じ成分の座薬も
出してもらいました。

家に帰る頃には、痛みのレベルも5割くらいに下がり、
我慢できる程度になりました。
夕食後、座薬を使うと、残っていた痛みも嘘のように
消え去りました。
座薬って効くなあ。
っていうか、
最初っから座薬出してくれよっ!!


これが、ちょうど1週間前の出来事です。
5日の火曜日には抜糸します。

長々と辛気くさい話にお付き合い下さいまして、
ありがとうございました。


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プロフィール

bravo-1

Author:bravo-1
60年生まれ。小学生の頃からの
戦車模型ファン。
でも完成品は、年に2~3点。
建築模型の事務所を開業しました。
よろしくお願いします。

建築模型オフィスブラボーワン
http://bravo-1.wix.com/home

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