ヒロナリさんのモケーな日々

ミリタリー系のプラモ、フィギュア、ディオラマの製作過程を紹介します。写真をクリックすると大きな画像が見られます。

不定期連載ノスタルジックプラモデル 59

Category: ノスタルジックプラモデル  
タミヤ パチッ特集号

ミリタリーモデラーの方には説明不要でしょうが、そうでない方もいらっしゃるので、
少しばかり説明を。

田宮模型が毎月発行している広報誌タミヤニュースの中に、
読者投稿の情景写真を紹介するコーナーがありました。
カメラのシャッター音からきているパチッというタイトルのこのコーナーは、
1/35スケールの戦車や兵隊の人形を使って、戦場の風景を再現した特撮写真を紹介していて、
小学生だったヒロナリ君は、パチッのページが一番のお気に入りでした。

タミヤニュース本誌のパチッとは別に、半年に1回くらいの割合で、
コンテスト形式で情景写真の募集が行われ、腕に覚えのある全国のモデラーが応募し、
その作品集としてパチッ特集号が発行されました。

当時(72年頃)、タミヤニュースが30円だったのに対し、パチッ特集号は200円くらいしたかなあ。
少々お高めでしたが、第4号から90年代ごろまで欠かさず買っていました。

金賞、銀賞の作品はさすがに素晴らしく、中には本物の記録写真としか思えないようなものもありました。
ヒロナリ君は毎号ていねいに写真を眺めては、塗装やちょっとした改造のヒントを得ていました。
やがてヒロナリ君は自分も投稿したいと思うようになりましたが、いかんせん、カメラがありません。
当時、我が家にもカメラはあったはずですが、使い方が分からず、
というより触ったことさえありませんでした。
これでは、投稿できません。

そこでヒロナリ君が考え出した解決法は、学校の担任の先生に頼んで撮ってもらうという、
かなり強引で厚かましい方法でした。

温知小学校6年1部(1組ではなくて、なぜか1部と言ってました)の担任は亀井先生といって、
メガネをかけた小柄なおばちゃん先生でした。
亀井先生は生徒たちに信頼されている素敵な先生で、おかげで6年1部は
男女の仲のいい、和気あいあいとしたとても楽しいクラスでした。
この頃、ヒロナリ君は生まれて初めて女の子を好きになりました。
彼女は涼やかな顔立ちの美少女で、
おっとと、話がどんどん横へ行ってしまいました。
いかん、いかん。

女の子の話は、とりあえずこっちへ置いといて、パチッ特集号です。

亀井先生にプラモデルの写真を投稿したいので、写真を撮ってほしいとお願いすると、
先生は快く引き受けてくださいました。
本当は学校にプラモデルなんか持ってきちゃいけないので、次の日、他の人にバレないようにこっそりと
キューベルワーゲンを持っていきました。

放課後、校舎裏のゴミ焼却炉のわきで秘密の撮影は開始されました。
キューベルワーゲンが突如敵の攻撃を受け、将校が撃たれ、部下たちが応戦しているという設定です。
助手席のドアを半開きにしたキューベルワーゲンを直接地面に置き、まわりに人形を配置します。
立ちポーズの将校はベルトの位置でカットして、着座ポーズの下半身を接着し、
背中に線香の火を押し当て被弾跡を作り、撃たれて後部座席から身を乗り出しているように配置します。
車体後方へ向けてライフルを撃っている兵士を2体ほど配置して、セッティング完了です。

「こっちから撮って。」「今度はこっちからもう一枚。」
などと先生に指示を出しながら、撮影は進行しました。

応募規定では、写真はキャビネ版で送るということなので、
キャビネ版とはどういうものかわからないまま、先生にキャビネ版でプリントしてもらうよう頼みました。
現像もプリントもお金がかかるということくらい、考えれば分かることなのですが、
ヒロナリ君はそんなことは思い浮かばず、かかった費用はすべて先生に払わせてしまいました。
ああ、恥ずかしい!
厚かましいにもほどがある!

数日後、先生が普通の写真よりかなり大ぶりな写真を5枚ほど手渡してくれました。
おお、出来てきたか!
ところが、その写真は思っていたものとは少し違っていました。
ヒロナリ君の頭の中のあった構図では、もっと画面いっぱいに車両や人形が写っているはずでしたが、
その写真はかなりロングで撮られていて、いかにも地面に置いた
小さなプラモデルといった感じのものでした。
何しろ自分でファインダーをのぞいて構図を決めたわけではないので、イメージと違っていて当然です。
ですが、カメラで撮れば自動的に迫力ある戦場写真が撮れると思い込んでいたヒロナリ君は、
正直言ってややがっかりしました。

しかしながら、さすがに先生に対して不満を漏らしたりはしませんでした。
おバカなヒロナリ君も、それくらいの心遣いはかろうじて持っていたようです。
一生徒のためにこれだけしてくださったのに、文句を言ったら罰が当たると思ったんでしょうね。
それでも見る目だけは持っていたので、これでは入賞は無理だろうなあと自覚しながらも、
ダメもとでその写真をタミヤに郵送しました。

結果は、予想通り落選でした。
その後、20代後半まで自分専用のカメラを買うこともなかったので、
パチッ特集号への挑戦はこれが最初で最後となりました。

それにしても、亀井先生には大変お世話になりました。
本当にありがとうございました。
もう何十年もお会いしていませんが、小学校を卒業した翌年から現在まで、
毎年年賀状だけは欠かしておりません。
どうぞいつまでもお元気でお過ごしください。

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プロフィール

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Author:bravo-1
60年生まれ。小学生の頃からの
戦車模型ファン。
でも完成品は、年に2~3点。
建築模型の事務所を開業しました。
よろしくお願いします。

建築模型オフィスブラボーワン
http://bravo-1.wix.com/home

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